デリバティブではヘッジ不可能な「野球継続リスク」
2004年1月29日取材班のお友達には「起きられたら行くー!」って言ってあって、
起きたんですが、
2度寝したりとかもあって・・・結局青キャンには伺えませんでした・・。
試験期間中の少ない4年生集合のチャンスだったのになー。
青スポ入手も延期。
一応、「明日、会えたら会おう〜!」ってな感じのあいまいな約束になりました。
明日は植草先生@とくダネを見るために起きるはずなので、大丈夫なはず!
今日は、17−21時までバイト。
証アナは経済の復習、証券分析の演習問題(ポートフォリオ理論と計量分析の応用問題)。
経済学って、ホント奥が深いなー、と最近つくづく感じます。
「こんな小娘に経済学の何がわかるんじゃ!!」といったご批判を受けそうですが・・。
でも、例えば“リスク”(この場合の“リスク”とは、一般的に使われている「危険」とかそういう意味ではなく、「収益の散らばり具合=標準偏差」と言う意味で)という概念一つを取り上げても、その考え方は人生観とかにも応用可能であること。
私は典型的な「リスク回避的」な人間。
期待収益率が同じなら標準偏差の小さい方を選好し、
標準偏差が同じなら期待収益率の高い方を選好。
『大きく当たらなくっていいから、大きく外したくはない。』
それに対し・・。
数値的なデータで検証しようがないから正確なことは言えないけれど、
野球選手とかって、非常にボラティリティ(≒リスク)の大きい人生を送ってると思う。
ほんの一握りの選手だけが1億円プレーヤーとかになるのに対し・・・(以下自粛
仮に期待収益率が普通のサラリーマンと同じだと仮定しても、
リスクでか過ぎ。
でも、そのリスクに見合うプレミアム(金銭的な意味での)は実際のところ、
あるんでしょうか?
もちろん、選手にとっては「好きな野球をやっていられる」という事自体が心理面でのプレミアムとなり、選好するという結果になるんでしょうが・・・。
リスクヘッジだって難しい気がする。
高校、大学、そして社会人(プロ含)・・ってずっと普通の人たちが勉強している間もひたすら野球をしてきていた人たちな訳で。
活躍していて、華やかな時はいいんだと思う。
でもさ、野球を辞めた時・・・
いったい、何が残るの??
って考えてしまう。
普通の企業に就職した人たちは30過ぎて「いよいよこれから!」って時に、
彼らは雇用の安定性すら不確かなんだよね。
金融技術の発達で、今は様々なリスクヘッジの手段がある。
クレジットリスクも、天候リスクも・・。
でも、人生は先物じゃヘッジできないんだよ。
「プロテクティブ・プット」はないんだよ。
これは別に野球選手に限った話ではないけれど。
だから、リスク回避的な“普通の人々”はアンシステマティック・リスクをゼロに収束させようと行動するんだよね。
私にとってのそれが、
・いい大学に入り、
・いい会社に就職し、
・資格取得に精進する
であったのであり、私はそのために今まで努力してきたし、今もしてるし、これからもするだろう。
私の選択が正しいのか?
それはわからないけど。
うーん・・。どうなんだろ。
こんなこと考えてる自分がすっごい嫌になるんですが。
でも、大事なことなのは否定できない。
あと・・。ぶっちゃけてしまうと。
正直、「社会人野球の存在意義」とかに疑問を感じてしまう。
株式会社の目的が“株主価値の最大化”であることを考えると、
近年、収益性に「?」がついてしまう社会人野球チームを運営し続ける事は株主を裏切っているのではないか?
(野球チーム運営に当てている資本をもっと収益性の高い事業にまわすべきであり、株主の利益を害している→株主代表訴訟モノ?)
とか、コーポレート・ガバナンス的な問題にまで延々と考えてしまうんです。
野球は大好きなんです。
経済学の勉強も大好き。
なんだけど。
なんだか、
「大切なこと」なんだけど「そんなこと考えなければもっと無心に野球を見ていられたかも」ってこと
を、最近すごく考えてしまうようになったかも。
こんなこと、野球やってる友達とかには絶対に言えないけど。
でも、こんなこと考えてる事を隠して「頑張れよ〜!」とか言ってる私。
そんな自分に嫌悪すら感じる今日この頃。
偽善者?八方美人?
今に始まった話じゃないけど。
私自身が大学4年生で、まさにもうすぐ社会人!って時期だから、
余計に強く、こういう事を考えちゃうのかな。
うーん。
明日はバイトがオフ。
勉強デー。
起きたんですが、
2度寝したりとかもあって・・・結局青キャンには伺えませんでした・・。
試験期間中の少ない4年生集合のチャンスだったのになー。
青スポ入手も延期。
一応、「明日、会えたら会おう〜!」ってな感じのあいまいな約束になりました。
明日は植草先生@とくダネを見るために起きるはずなので、大丈夫なはず!
今日は、17−21時までバイト。
証アナは経済の復習、証券分析の演習問題(ポートフォリオ理論と計量分析の応用問題)。
経済学って、ホント奥が深いなー、と最近つくづく感じます。
「こんな小娘に経済学の何がわかるんじゃ!!」といったご批判を受けそうですが・・。
でも、例えば“リスク”(この場合の“リスク”とは、一般的に使われている「危険」とかそういう意味ではなく、「収益の散らばり具合=標準偏差」と言う意味で)という概念一つを取り上げても、その考え方は人生観とかにも応用可能であること。
私は典型的な「リスク回避的」な人間。
期待収益率が同じなら標準偏差の小さい方を選好し、
標準偏差が同じなら期待収益率の高い方を選好。
『大きく当たらなくっていいから、大きく外したくはない。』
それに対し・・。
数値的なデータで検証しようがないから正確なことは言えないけれど、
野球選手とかって、非常にボラティリティ(≒リスク)の大きい人生を送ってると思う。
ほんの一握りの選手だけが1億円プレーヤーとかになるのに対し・・・(以下自粛
仮に期待収益率が普通のサラリーマンと同じだと仮定しても、
リスクでか過ぎ。
でも、そのリスクに見合うプレミアム(金銭的な意味での)は実際のところ、
あるんでしょうか?
もちろん、選手にとっては「好きな野球をやっていられる」という事自体が心理面でのプレミアムとなり、選好するという結果になるんでしょうが・・・。
リスクヘッジだって難しい気がする。
高校、大学、そして社会人(プロ含)・・ってずっと普通の人たちが勉強している間もひたすら野球をしてきていた人たちな訳で。
活躍していて、華やかな時はいいんだと思う。
でもさ、野球を辞めた時・・・
いったい、何が残るの??
って考えてしまう。
普通の企業に就職した人たちは30過ぎて「いよいよこれから!」って時に、
彼らは雇用の安定性すら不確かなんだよね。
金融技術の発達で、今は様々なリスクヘッジの手段がある。
クレジットリスクも、天候リスクも・・。
でも、人生は先物じゃヘッジできないんだよ。
「プロテクティブ・プット」はないんだよ。
これは別に野球選手に限った話ではないけれど。
だから、リスク回避的な“普通の人々”はアンシステマティック・リスクをゼロに収束させようと行動するんだよね。
私にとってのそれが、
・いい大学に入り、
・いい会社に就職し、
・資格取得に精進する
であったのであり、私はそのために今まで努力してきたし、今もしてるし、これからもするだろう。
私の選択が正しいのか?
それはわからないけど。
うーん・・。どうなんだろ。
こんなこと考えてる自分がすっごい嫌になるんですが。
でも、大事なことなのは否定できない。
あと・・。ぶっちゃけてしまうと。
正直、「社会人野球の存在意義」とかに疑問を感じてしまう。
株式会社の目的が“株主価値の最大化”であることを考えると、
近年、収益性に「?」がついてしまう社会人野球チームを運営し続ける事は株主を裏切っているのではないか?
(野球チーム運営に当てている資本をもっと収益性の高い事業にまわすべきであり、株主の利益を害している→株主代表訴訟モノ?)
とか、コーポレート・ガバナンス的な問題にまで延々と考えてしまうんです。
野球は大好きなんです。
経済学の勉強も大好き。
なんだけど。
なんだか、
「大切なこと」なんだけど「そんなこと考えなければもっと無心に野球を見ていられたかも」ってこと
を、最近すごく考えてしまうようになったかも。
こんなこと、野球やってる友達とかには絶対に言えないけど。
でも、こんなこと考えてる事を隠して「頑張れよ〜!」とか言ってる私。
そんな自分に嫌悪すら感じる今日この頃。
偽善者?八方美人?
今に始まった話じゃないけど。
私自身が大学4年生で、まさにもうすぐ社会人!って時期だから、
余計に強く、こういう事を考えちゃうのかな。
うーん。
明日はバイトがオフ。
勉強デー。
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